うまく着地したのか?ただの蛇足か? 仮面ライダーアマゾンズ THE MOVIE 最後ノ審判

というわけで、熱く語った

アマゾンズの最終回を観てきました。4DMX初体験でしたが、4DMXとアクション映画(ライダー映画)相性は最高でとてもスリリングな体験ができました。

肝心の内容は以下。ネタバレ全開なので以下。

 


わりと綺麗な感想はこちらの感想が纏まっているように思います。俺も好意的に見ると結構納得できるし、「ふたりの主人公から始まった物語が、物語として一巡して終幕していく。」といのは素晴らしい視点だと思いました。


が、個人的にはS1-S2が90点だとすると、30点ぐらいの内容でした。正直やりたいことはわかるのですが、脚本が荒くて「?」が先行してしまいます。あと、これは仕方ないことですがどう考えても90分必要な内容じゃないです(後述します)。出演者たちの演技が、とても良いので(藤田さんと谷口さんが生身で乱闘するところとか鳥肌ものです。ほんとに凄い。)、非常にもったいない。

 

荒いところを列挙すると
そもそも、ライダーってアマゾンしか変身できないのでは?
御堂さんは人間?アマゾン?
アマゾン牧場の意味はわかるのだけどなんで人型にするの?

人間は基本人型の何かを食べたくないのでは?

というか、その葛藤がアマゾン達の葛藤でS1-S2で丁寧に描かれてるいたのでは?

などなど、あげるとキリがないです。

 

どうして、これらがもったいないかと言うと荒いとどちらにでも解釈するできるからです。ときには解釈の余地が必要だと思うのですが、あまりに荒いと何にもでも解釈できてしまい何も伝わりません。

 

脚本家がやりたかったのは、恐らくアマゾンと人間の境界を曖昧にし、さらに悠と仁の信念も(部分的)破らせて、それでも残るものを描きたかったのだと思います。

が、それも上記の荒さでボヤけてしまっています。

 

例えば、御堂さんがアマゾンだとすると別に仁は何も自分のルールを破っていないことになります。
逆に御堂さんを人間だと考えると仁は「御堂お前、人間だけどアマゾン感あるから殺すわ!」というただのサイコパスになりますw
個人的にはテーマをはっきりさせるため御堂さんは人間にして、なんらかの強い理由(七羽さん関係か?)で殺さざる得ない状況にすべきだったと思います。

 

悠について言うと、アマゾン牧場の子供達に「みんな自分自身のために生きるんだ!」と演説するが、子供達は意味がわからず( ゚д゚)ポカーンとするシーンがあります。実はこのシーンを見た瞬間俺も( ゚д゚)ポカーンとしてしまいました。君そんな主張あったっけか?むしろ、他者の為に何度も死のうとしてなかった?つか自分の為に生きたことないよね?

 

ともかく惜しい作品です。が、見終わって改めて思ったのはアマゾンズはS2でちゃんと終わっていたのだなということです。S2終了時点で残っているアマゾンは悠と仁だけ。悠は美月に生きることを望まれていて、本人も生きようとしている。一方、仁は何もかも失い本人は終わることを望んでいる。ならば、帰結する答えは一つだけです。二人の戦いは、戦いではなくどちらかというと仁の自殺に悠が付き合わされてるようなものです。なので、2人の決着を描きたかったのならぶっちゃけS2の最後に二人で殴りあわせて仁死亡の方がスッキリとしたものになったのではないでしょうか。

f:id:s_s_satoc:20180529183547j:plain